展評を福岡県立美術館学芸員の藤本真帆さんに寄せていただきました。出品作家13名それぞれの作品の解説ほか、「アール・ブリュット」と括って現代のアート表現一般と区別されることの多い障害者芸術表現を位置づける困難さも語っていただいています。
展覧会 “KitaQ BRUT”ご案内します。北九州市内の障害者施設に所属したり、自宅にて制作活動を行っている13名の作家たちの作品を集めました。見慣れた世界の見過ごされている片隅を捉えたもの、誰も見たことのない夢やファンタジーの世界、そしてみなが知っている動物たちや有名人、アニメや漫画のキャラクターも思いもよらぬ変身を遂げています。エネルギーがほとばしる作品150点がOperation Tableのギャラリーをうめつくす展覧会、ぜひ皆さんにご覧いただきたいとおもいます。
会期:2021年12月11日(土)~2022年1月23日(日)
会場:オペレーション・テーブル
会期中 金土日11:00~18:00 月~木は電話・メールで予約受付オープン、入場は無料
Tel;090-7384-8169 email; info@operation-table.com
出品作家:網岡俊介、石江祐一、イブ、宇津宮賢司、斎藤龍樹、坂口誓司、相良徹、田中康弘、友近邦宏、福田しずか、MARU、優太、yuki
関連イベント:
講演「ヒトはなぜ動物を描くのか?ーアールブリュットからの視線」
2021年12月18日(土) 14:00-15:30 参加費1,000円
竹川大介(北九州市立大学人間関係学科教員)
ii. 末森樹☓山福朱実 LIVE “ KitaQ BRUTに捧げる” ギター演奏、歌と朗読
2022年1月22日(土) 14:00-15:30 参加費 2,000円 コロナ禍のため中止になりました
12月18日(土)は竹川先生の講演「ヒトはなぜ動物を描くのか?ーアールブリュットからの視線」が行われました。QMACでは2年ぶりのトークイベント、演題の魅力もあってひさびさの密の会場となり、多くの参加者がありました。人間を描く/自然を描く/動物を描く/表現すること、対象と向き合うアプローチの個人差、民族性、東洋・西洋の比較がリサーチとインタヴューに基づいて語られ、興味津々の話題が盛り沢山、おまけに竹川先生幼少期のまさにアール・ブリュットな作品群も見せていただきました!
昨年から約2ヶ月に渡って開催しましたKitaQ BRUT 1月23日(日)で終了しました。出品作家のみなさんにもおいでいただき、その他多くの方々にご覧いただき盛況のうちに閉幕しました。
(1)
網岡俊介 AMIOKA Shunsuke(1995-)
(受付室) 6点 お面/ライオン/鹿/象/仔象/水牛
紙切れ・ボンド
シュレッダーを回すのが大好きな網岡俊介。シュレッダーから出た紙切れをボンドで固めて動物 やいろんなものの形をつくる。はじめは動物の形を小さな立体にしたものだったは、最近は仮面のようなレリーフ型になっている。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.20〉
(2)
石江 祐一 ISHIE Yuichi (1983-)
(ギャラリー東南コーナー 左から):
『牧場の牛』『お父さんは釣り名人』『五郎丸選手』『八咫烏』『提灯』
水彩・クレパス・紙
弾けそうなエネルギーに満ちた石江祐一の作品、牧場の牛や、釣りするお父さんなど、何気ない日常も迫力いっぱい活劇調で描かれている。神社の提灯の横に八咫烏が並ぶとありがたい雰囲気も漂う。真ん中に立つのはラグビーの五郎丸選手、キックポーズ。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.6〉
(3)
イブ YVES (1999-)
(ケース中) 6点;プテラノドン/ステゴザウルス/始祖鳥/蠍/蛇/蜘蛛オトコ
(受付室) 8点;蜘蛛/波上龍/幻獣(銀)/ダンゴ虫/クワガタ/カブト虫(金)/大蜜蜂/雪だるま
(天井)8点;戦闘機/ムカデ大小2/宇宙タコ(銀)/鳥籠のヒト/スパイダーマン/アイアンマン/雀蜂
(壁各所)カマキリ/クワガタ/蜘蛛2種 (ギャラリー西側隅ニッチュ) マーガレット
(手術台上) ドラゴン/小倉城 (ケース上) メジロ (小ワゴン)発掘中のアンモナイト
ビニールタイ(梱包用ビニールワイヤー)
イブの作品はビニールタイといいう、10cmほどの梱包用のビニールワイヤーを素材にして編み上げたオブジェ、恐竜や虫やアニメのキャラターなどのほか、イブさんの想像力から生み出された不思議なヒトや生き物もいる。一番大きなドラゴンは、戸畑の障害者福祉協会アートセンターに常設されていたもの。ひさしぶりに対面して、懐かしそうに手や足の先を動かしてかたちの手直ししていた。イブの作品は置いたり引っ掛けたり吊るしたりできるので、会場いっぱいに神出鬼没であった。12日午前中は下関市立考古博物館で開かれた「遺跡deあーと」応募作品展の授賞式に参加された。イブが応募した「発掘途中のアンモナイト」が優秀賞となって出品されたのである。12月16日まで下関市立考古博物館に展示され、1月に入ってKitaQ BRUT会場にも追加展示となった。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.39〉
(4)
宇津宮 賢司 UTSUNOMIYA Kenji (1971-)
(ギャラリー北壁左):真珠の耳飾りの少女/モナリザ/ミザルイワザルキカザル/浮世絵役者絵3 /博多の女/藤尾先生3点
(ギャラリー北壁中):肖像画シリーズから14点;ナポレオン/ガンジー/アインシュタイン/大久保利通/伊藤博文/野口英世/ヒットラー/オバマ大統領/勝海舟/西郷隆盛/坂本龍馬/近藤勇/岩崎弥太郎ほか
(ギャラリー北壁右):マンガ・アニメ・映画のヒーロー&キャラクター21点;ビートルズ/シザー・ハンズ/ロッキー/ランボー/スパイダーマン/ワンピース/北斗の拳/力石徹/ファイティング・ニモ/るろうに剣心/ちびまるこちゃん/名探偵コナン/じゃりんこチエ/ドラゴンボールほか
色鉛筆・紙
宇津宮賢司の作品は色鉛筆で薄っすらと描かれたポートレートのシリーズ。派手な色彩で鳥や動物を描いた魅力的な作品も多くあったが、人物ばかり見ていると、モデルと似ているところ、独自の解釈が出ているところが興味津々だったのでポートレートを集めてみた。〈名画シリーズ〉〈歴史上の人物シリーズ〉〈アニメや映画のヒーローたち〉の3つのグループに分かれて壁をびっしりと埋めつくしている。五郎丸選手だけは石江さんにも五郎丸を描いたものがあったので、石江作品のそばに並べた。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.44〉
(5)
斎藤 龍樹 SAITO Ryuji (1989-)
(ギャラリー東タイル壁) 厨房の人シリーズ 13点
サインペン・色鉛筆・紙
My夢という八幡西区本城の施設に所属して活動している斎藤龍樹。斎藤は電車が大好きで、線路や高架橋、電線などがある風景画もおもしろいし、動物や植物の絵も得意なのだが、今回は厨房で働く人々の描写がユニークなシリーズになっているので、それだけを集めてみた。料理するひとたちの姿、美味しいものができあがりそうな情景が生き生きと描かれている。斎藤さんは写真が趣味のお父様と二人で展覧会をすることも多く、その機会にはおやこコンサートを開かれるとお聞きした。この展覧会期中にもぜひ、とおねがいして2022年1月16日(日)に、お父様のオカリナ演奏で龍樹さんが歌うコンサートが実現した。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.9〉
(6)
坂口 誓司 SAKAGUCHI Seiji (1935-)
(ケース)小田原城/松前城/津城/浜松城/犬山城/五重塔ほか7点、かばん
(手術台) 小倉城 (受付) 町屋3点
爪楊枝・梱包テープ・ボンド
驚くことに今年(数え歳で)米寿を迎えるという坂口誓司は爪楊枝で作られた日本の名城シリーズを出品。坂口が城の模型をマッチ棒で作ってみたのは23歳のとき、今ではマッチ棒が爪楊枝に代わり、小倉城をはじめとする日本各地の名城を制作している。最近はお城の他に、カラフルな梱包用紙紐で編んだ籠や小さなランドセル、そしてワンちゃん101匹も生まれた。坂口さんは、惜しげもなくそれらのワンちゃんや籠を出品作に付けて、「会場でみなさんにお持ち帰りいただいてよいです!」と、提供。会期終了間近には、ワンちゃんたちもすっかり小さな行列となった。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.17〉
(7)
相良 徹 SAGARA Toru (1961-)
(第3室南側パネル 上左から下右へ) 『大好きな君』『犬・犬・犬・・・?!』(無題)(無題)『アトランティス』『あしたへ』『あしたへ』『地球』『緑の街~KUNITANI 』
次図版左から「地球」 「あしたへ」 「アトランティス」 「緑の街」
水彩・ペン・紙
120色の色えんぴつからうまれるフシギな、ちょっとシュールな宇宙世界。やわらかな色づかいや登場するキャラクターのかわいらしさにご来場の何名かの方がこの作家さんは10代の女の子?とおっしゃいました。が。今年、還暦の男性。働きざかりのお年頃に脳梗塞を発病。リハビリ施設の絵画サークルに参加されて以来、麻痺のため動かない利き手でなく、左手で描いていらっしゃいます。(たら子)
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.34〉
(8)
田中 康弘 TANAKA Yasuhiro (1980-)
(ギャラリー南壁右パネル) 山上神社/牧場の牛/食堂にて/『ザルあげ申』/『噴水公の園』/『クリスマスのハンドベル演奏』/動物園の二人
(ギャラリー西壁右パネル)サーフィン/牛/北九州の街/『電車の駅』/虎/『やかましい犬どころ』
アクリル・紙
数多くの人々が行き交う公園や広場や駅のホームを描く田中康弘の画面には、人にも動物たちにも作者の同じ視線が注がれる。人も動物も多くは真正面を向いて直立している。じっくり隅々まで見れば見るほど笑みがこぼれてくる情景は田中ならではのほのぼのしたもの。12月18日、竹川先生の「ヒトはなぜ動物を描くのかーアール・ブリュットの視点から」講演会会場に、田中の姿が見えた。「動物に関しては実物よりも図鑑を見る描き手が多い」という竹川の指摘もあったが、田中は「僕は動物を見て描きます」と語っていた。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.28〉
(9)
友近 邦宏 TOMOCHIKA Kunihiro (1980-)
(第1室右壁面) :スポーツ選手/日本の古典絵画・彫刻/海外の歴史的記念碑・建造物や風物詩/動物たち
(右壁面タイル部分): アニメ・マンガのキャラクター ほか第3展示室に大きめのサイズ作品がファイルが置いてあった。
友近邦宏の作品は、入口すぐの壁面にびっしりと貼られたにぎやかな画用紙の数々、そして第3室にも大きめの画用紙がファイルにたくさん入っていた。どちらの作品も虎の巻写真付き、友近はお祭りやスポーツ、部族や古典芸術の写真を見て描くが、手本とは全く違った表現になっているのが興味ふかい。会場で両者を見比べられるように、イメージのもとになった写真をそばに置いた。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.35〉
(10)
福田 しずか FUKUDA Shizuka (1989-)
(ギャラリー西壁右パネル): モナリザ/猿園にて/いも掘り/厨房の人たち/タコ焼き屋さん
(棚下部) :ステーキハウス/節分のみんな/藤尾先生/市場の魚屋/厨房の人たち
クレパス、紙
福田しずかは市場の魚屋やたこ焼き店、ステーキハウスのパフォーマンス・シーンなど、街で見られる日常の光景を描写している。福田がとらえるひとりひとりの人物の表情や姿勢、服装などが個性豊かに描き分られている。福田が所属する施設My夢には利用者の就労の場として大きな厨房があり、そこで味噌、弁当、お菓子が作られている。皆が作業するその厨房も福田の画題となる。おなじMy夢に通う斎藤龍樹の作品にも見られた画題だが、二人の描き方に独自の様式があるのがわかる。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.3〉
(11)
MARU まる (1977-)
(第1室左壁面 左から):『夕暮れ』『Death☆LAND』『人魚のナミダ』『星空クジラ』『門司港レトロの図』
水彩・紙
MARUの作品は一見同一作者のものと見えないほど様々な作風が主題や画材によって使い分けられている。MARUの技術力が伺えるが、よく見るとどこか不穏な空気が漂い、不安を掻き立てる要素が潜んでいることに気がつく。サーカス団を描いた明るい色彩で楽しげな場面も、タイトルは”Death☆Land” 、深い水底を泳ぐ人魚はファンタジーに満ちているけど、何が哀しいのか「人魚のナミダ」、そして「夕暮れ」に描かれているのはゴッホの絵のように激しく燃える夕焼けである。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.45〉
(12)
優太 YUTA (1991-)
(受付下タイル/ギャラリー南壁タイル): 動物・昆虫シリーズと家庭農園の野菜 全 30点
ポスカ、紙
作品づくりの相棒はポスカ(水性マーカー)。カラフルで鮮やかな発色が、元気あふれる作風にピッタリ!(たら子)
優太の作品はカレンダーの裏紙やノートの切れ端などに、余白をもって動物や昆虫や食べ物がポスカで描かれたもの、一箇所にまとめず、会場のあちこちに貼り巡らした。獰猛そうな動物も毛嫌いされる虫たちも、洒脱な色調で、みなポップに描かれている。タイルの上に貼られた自作品を不思議そうに見ていた優太、「磁石で貼ってるんだ」と気がついて嬉しそうだった。DMのカラー面には優太の作品画像は載っていないが、モノクロ面の切手マークのところに潜んでいる。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.40〉
(13)
YUKI yuki (1991-)
(第3室東側パネル):北九州名物集め
(第3室西側壁/パネル): 街/クジラ/さかさま
(第3室東側パネル):いろいろPARK/音楽隊
リキテックス・紙
yukiの作品は一枚の紙にたくさんの場面がジグソーパズルのようにぎっしり詰まって組み立てられたもの、見れば見るほどいろんな情景が現れてくる。圧巻は北九州名物を集めた一枚。門司港名物バナナの叩き売り、辛子明太にぬか炊き、画面中心には小倉城と小倉祇園太鼓、その向こうにモノレールと関門大橋、ごぼ天うどんにとんこつラーメン、ラーメンどんぶりのお箸にはなんと暖簾がかかっていて、そこは角打ち酒場、空にかかった虹の黄色い帯は、これも密かな名物、東筑軒かしわ飯弁当の錦糸卵につながっている!ほかにも小倉競馬場や、磯崎新設計の中央図書館の銅葺きドーム屋根、小倉織や分別ゴミ箱まで。北九州の街を知らないヒトはこれで学習できる。
〈アートセンターかがやきアーティストファイル No.26〉
KitaQ BRUT
溢れる表現の先に
藤本真帆
玄関の扉をあけて目に入るのは、一面に広がる友近邦宏やMARUのドローイング作品の数々にカウンターから覗くイブや網岡俊介のオブジェ。Operation Tableに足を踏み入れた瞬間の印象は、展覧会「KitaQ BRUT」を象徴するものでもあるだろう。つまり、表現の横溢。あるいは、生きることの端々からにじみ出るような表現の存在に私たちが気づかされる体験でもある。
「Art Brut」(生(き)の芸術)をもじりタイトルがつけられた「KitaQ BRUT」展は、アートを生業とする人々とは、出発点を少し異にする作家13名の作品を集めて展示した展覧会だ。そのようなゆるやかな共通点をもつ、100点を超える多種多様な作品が、さほど広くない会場を埋め尽くしていた。施設における制作活動の結実もあれば、手元にある裏紙に思うまま筆を走らせた作品もあり、既存のイメージを自由かつ魅力的に翻案した作品もあれば、夢想の世界を具現化した作品、日常のワンシーンを描いた作品もあった。
まず玄関を入ってすぐは上述のように友近邦宏やMARUのドローイング作品が展示されていた。細やかな線で描かれたMARUの作品が額装され個々に完結した世界を提示しているのに対して、画面を埋め尽くす丸や分割線も印象的な友近邦宏の作品は、大小の剥き出しの紙を支持体にして壁を埋め尽くすように広がっていた。好対照な「KitaQ BRUT」のはじまりから足をすすめると、展示室手前の受付カウンターにはシュレッダーに裁断された紙を固めた網岡俊介の作品に、イブのビニールタイによる作品、坂口誓司の爪楊枝による作品に、優太のドローイング。町屋を作った坂口以外の三者の作品が、主に生き物をモチーフにしたユーモラスな造形となっているためか、どこか楽し気な雰囲気が漂う。白を基調としつつも騒めくとりどりの色彩を内包した網岡に、ビニールの明快な色と独特の光沢が印象的なイブ、鮮やかなピンク、緑、青、紫、オレンジなどの鮮烈な色彩が目を引く優太に、茶系の落ち着いた色彩と質感の坂口と四者四様の個性がひしめき合う。受付内は蜜蝋で覆われたグリッド状の棚となっているのだが、そこからはみ出んばかりの作品配置も、エネルギー溢れる生き生きとした印象に繋がっているのだろう。
メイン・ギャラリーに入ると、宇津宮賢司、福田しずか、田中康弘、斎藤龍樹、石江祐一のドローイングなどが壁面に展示されていた。歴史上の人物や漫画や映画のヒーローなどをひたすらに描き写した宇津宮の作品が何十枚と展示され、フィジオグノミー的世界を展開する一方で、「厨房の人たち」、「節分のみんな」などと題された福田の作品は、その柔らかな線と軽やかな色彩のためか身の回りの人々へのあたたかまなざしと感じさせた。直立の、どこかミニチュアの人形めいた愛らしさのある人々を描き込んだ田中の作品は、輪郭線を白で描き残して表現する描法もあいまって不思議な印象を残す。黒のマーカーなどによる、濃淡を排したメリハリのある描線が特徴の斎藤は、作業所の厨房などを描く作品を出品していた。調理器具や設備が画面に造形要素として巧みに組み込まれ独特の画面を形成する。力強く大胆な線や構図が印象的な石江作品は、太い黒の線が主体のドローイングと画面いっぱいの描いた対象に彩色を施した作品という表情の異なる2つの方向性が混在し興味深い。そして受付にも展示されていた坂口作品も再登場する。古風な木枠のガラスケース内に主に展示され、爪楊枝の質感や色調が木枠とあいまって統一された小さな世界を生み出しつつ、ケース外にも作品が進出するのも愛嬌だ。そして、同じく受付でも展示されていたイブと優太の作品は、メイン・ギャラリーでも至る所に顔をのぞかせて、縦横無尽に展開し、空間全体を生き生きとしたものとしていた。
さらに、ギャラリーから続く、小部屋には相良徹とyukiの作品が展示されていた。恐竜のようであったり植物のようであったりと不可思議な形態のカラフルな生物たちの生態が描かれた相良の作品と大小さまざまなモチーフで画面を分割して鮮やかに彩ったyukiの作品。額装されたそれらの作品は、ソファや机のある空間と協奏し、日常の狭間に夢想の世界への窓口を作っていた。
過剰なまでにギャラリー空間に横溢する作品の数々は、作る喜びや作ることへの執着をストレートに伝えてきた。その素材や題材、作者たちの言葉は、それらの表現が彼ら彼女らの生に根差したものであることをうかがわせ、展示構成もあいまって、生と表現の絡み合いの根元を照らし出していた。
それは心浮きたつ体験だった。しかし、他方で総体として語ることに困難を覚えるようなもどかしさをもたらすものでもあったことも付言したい。そもそも本展タイトルのもととなる「アール・ブリュット(Art Brut)」が言語化され、制度化された美術の世界の外に存在した表現にスポットをあてたものであるから、ひょっとしたらその困難は前提として織り込まれているものかもしれない。画家ジャン・デュビュッフェにより提唱された「アール・ブリュット」は、加工されていない「生の芸術」、美術の専門的教育を受けていない人々が作った作品とは言われるが、現在、その定義や用法は一定ではなく、その位置づけ・役割や功罪も含め、常に侃侃諤諤と意見が交わされるものである。
語りたい、語れない、語ると何かを零してしまいそうでもある、でも語りたい、語るべきである、いや語らぬべきであると相矛盾する思いを呼び起こす、魅力的だが、捉えがたくもある存在。結局、私たちは、目の前に確かに存在する表現の数々に向き合い、言葉を重ね、反芻し、そしてまた表現に向きあっていくしかないのだろう。その積み重ねを経ることで、きっとこの溢れる表現のその先に見出せるものがあるはずである。「KitaQ BRUT」と言う場、Operation Tableの空間は、その試行錯誤にしっくりくるものでもあった。かつて動物病院の診察室であったギャラリー空間であるOperation Tableの多義性や境界性は、この魅力的で捉えがたい表現と親和的でもあり、それらに向き合う私たちをこれからも柔らかに包んでくれるだろう。
(福岡県立美術館 学芸員)