「山福印刷と樹の実工房」展評をつなぎ美術館学芸員、楠本智郎さんに寄稿していただきました。
山福朱実の版画と記録「山福印刷と樹の実工房」
この展覧会はJT生命誌研究館作映画『食草園が誘う昆虫と植物のかけひきの妙』の北九州市での上映を記念して企画されたものです。監督・撮影・編集は村田英克、ギター音楽を末森樹が、そして宣伝美術を山福朱実が担当しました。
北方シネマ、こうじゃくシネマ、東田シネマの市内3ヶ所で開かれる上映会に合わせて、山福朱実の版画作品展も市内3ヶ所で同時開催となります。しかも各会場によって展示内容も異なるという豪華なプログラムです。もちろん会場ごとにもれなく末森樹とのギターと歌のライブも行われることになっています。
上映会スケジュールと山福朱実作品展の各会場案内は以下のサイトをご覧ください。
https://www.facebook.com/higashidacinema
山福朱実の版画と記録『山福印刷と樹の実工房』
会期:2022.10.14(金)ー11.13(日)
金土日 11:00~18:00 オープン 月〜木は前日までに予約をおねがいします。
Tel;090-7384-8169 email; info@operation-table.com
1953年にガリ版屋を開業、創業65年で閉じた北九州 若松・山福印刷。
山福康政の長女で版画業を営む私が、巨大なゴミになっていた印刷機の廃棄を希望。山福家と親交が深かった筑豊文庫の上野朱氏の計らいで、職人を巻き込んだ印刷機械の解体が現実となる。その丸一ヶ月に及んだ解体作業の記録と共に、印刷屋の仕事の様々な記憶を噛み締めながら…いつもの私の版画作品を粛々と展示する次第であります。 山福朱実拝
会期中イベント
*10/16(日) 18:00~
大西暢夫×山福朱実 トーク+末森樹 ギター演奏
参加費 2,000円(1drink付)
写真家・映画監督の大西暢夫さんと、失われゆく職人の仕事などについて、いっぱい寄り道しながらあれこれと。
*11/13(日) 15:00~
上野朱×山福朱実 トーク+末森樹 ギター演奏
「山福印刷 印刷機解体の記録」
参加費 2,000円(1drink付)
山福家と筑豊文庫は古く深い繋がり。印刷機解体の仕掛人・上野朱さんと現場の汗だくな様子をあれやこれや。
「山福印刷と樹の実工房」展に寄せて
楠本智郎
木版画は、かつて民衆による社会運動においてメッセージを伝えるメディアとして活用された。プロレタリアートに生きた人々は、木版画のツールとしての可能性に着目し、社会変革を目指してアジテーションの手段として用いた。その後、木版画の価値は時代とともに手段から目的へと変化したわけだが、その過程の一端を本展では山福印刷と樹の実工房、つまり山福康政と山福朱実という親子の個人史を通じて伝えている。
路地裏にある山福印刷は、裏山書房という屋号で出版も行っていた。社会運動や創作活動を通じて多くの文化人と交流のあった康政が印刷物で用いる描き文字は、言語学者のソシュールのいう「形相」を超えて「実質」そのものとなり読み手に迫っていたと作家の井上ひさしは『山福康政の仕事』(裏山書房、2018)のなかで述べている。社会運動と関連のある印刷物もそうでない印刷物も、さまざまな組織や団体から依頼を受けて製作していた康政だが、当時から作家としての個性を発揮していたわけであり、その非凡な才能は展示されている多様な出版物などからうかがい知ることができる。
本展ならではの見所は、三つの輪転印刷機の解体のようすを収めた映像と解体後に残った数々の部品や印刷に用いた道具の展示だろう。年季の入った輪転印刷機の解体に悪戦苦闘し汗を流す男たち(註)。67年に及ぶ歴史が終焉を迎えるように見えたが、撤去したあとに小石や海岸から拾ってきた漂流物のタイルなどを並べて床を整えると再び以前のように人が集える場所に生まれ変わった。山福印刷は自動車が入らない細い路地の奥にある。出来上がった印刷物は路地を出た表の通りに止めた自動車まで何往復も人力で運んだのだろうか。蘇る当時の情景のように、これからも人々が、とりどりの思いや物を抱えてこの路地を通り、輪転機のあった場所に集うのだろう。動物病院の診察室だった空間の窓に展示された写植文字盤と写真製版などのモノクロフィルムは、太陽の光を透過しレントゲンフィルムのようにも木版画のようにも見え、画像のデジタル化が進む現在では記憶が刻み込まれた物質としての存在感を放ちながら動植物にあふれる朱実の作品との連続性を湛えている。
康政が仕事として行っていたのは、あくまでも輪転印刷機による印刷であり木版画の制作ではない。しかし、康政に関する展示と併せて朱実の作品を見ると、親子二代にわたって続いた複製可能な平面表現への関心が、芸術表現への探求へと転化する際に働いたであろう、必ずしも人間を中心としない自然界の力学が明らかになってくる。環境に根ざした極めて個人的な出来事に宿る普遍性こそが芸術の根源的価値のひとつであることを示唆している本展は、私たちが歴史の移り変わりが人々の日常や自然の営みとともにある事実をあらためて享受する貴重な機会となり得るのではないか。
(つなぎ美術館学芸員)
(編註) 山福朱実による展覧会コメントには以下のように記されている。
「山福家と親交が深かった筑豊文庫の上野朱氏の計らいで、職人を巻き込んだ印刷機械の解体が現実となる。」